昔の赤坂氷川神社祭礼は、神社の宮神輿を氏子町赤坂二十一か町の山車十三台が警固の形をとって神領内を巡行していました。この山車の巡行は明治末から大正初期まで続けられたといわれています。この後、『天下祭』・『御用祭』の廃絶、関東大震災・戦災の災禍、電灯線の架設により、都内の山車が消えたいったとき、当社の祭礼も同じくして町神輿中心の巡行となっていきました。以前、祭礼は6月15日でしたが、明治41年から現在の9月15日に改められました。昔の6月15日という日には、半年の厄祓の意味を持っていたようです。
残念ながら宮神輿は戦災により焼失してしまいましたが、現在は氏子町会の神輿連合渡御が隔年で行われています。本来、9月15日の「例大祭」斎行後に神輿連合渡御(「神幸祭:じんこうさい」)を行いますが、「敬老の日」が9月15日とは限らなくなった現在、9月15日の例大祭に近い日曜日あるいは祝日に神幸祭が斎行されます。この日取りについては、毎年町会関係者の会合「年番会(ねんばんかい)」にて確定されます。 |